知らない人なのに
2024年11月25日
名前の知らない人だが、何かの拍子によみがえる。その動作や思いやりのある言葉を昨日のように鮮やかに思い出す。善き人の自然なふるまいは永遠に美しい。
30年前に韓国のソウルへ一人旅をした。「韓国旅行が安くなったから行ったらいいよ」と私にすすめたのは帯広の某書店の専務だった。彼は画家のNさんと韓国旅行を楽しんできた直後だった。私はちょうど転職前の気分転換の旅行を望んだ。ひとり旅は心ぼそいが独りの行動は自由で気楽だ。
千歳発着のツアーに参加した。自由時間にソウルの美術館へ行った。観ての帰路、百貨店で買い物をした。店員との会話は覚えたあいさつ程度のハングル語と短い英語を混ぜて話した。店員は髪の短いボブ風で、笑顔で商品を渡してくれた。私が「タクシーでホテルまで行きたい。どこで乗るの?」と訊くと、私についてきて、という仕草で歩きだした。彼女は通りに出ると、来たタクシーに向けて手をあげた。開いたドアの向こうの運転手に向かって、彼女はホテルの名を告げた。私は素早く彼女の顔を見返してお礼を伝えた。百貨店の外まで出て、客の私を見送るのは店員の業務ではないはず。そう思うと彼女のやさしい温情を感じた。
次は5年ほど前の出来事だ。知り合いの家を訪問するため、町内のパン屋さんに寄った。手みやげ用にパンを買うことを急に思いついた。小銭入れを開くと5、6個ほど買えそうだった。レジで精算してもらうと15円足りなかった。私は戸惑ってズボンのポケットに手を入れて百円硬貨を指で探したが、硬化はなかった。「すいません、お金足りないので、車にあるカバンをとりに戻りたいのですが」と店員に伝えた。すると隣にいた40代の男性が「これ、使って」と手のひらの15円を差し出し、「車に戻るのも面倒でしょうから」と付け加えた。私が恐縮して礼を言うと彼は「なんも気にしないで」と応えた。
それ以来、小銭が足りなくて困ったお客が目の前にいたら、すぐに手助けしたいと思ってきたが、その機会には遭遇していない。
◎プロフィール
心況(よしだまさかつ)
春から歯の治療に通っていた。セットが近い。歯を入れたら秋ごろに「札幌の友に会って会食したい」と願っていたが、寒い冬になっている。