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エッセイSP(スペシャル)

小さな親切

吉田 政勝

2024年9月30日

 昼食の時間が迫っていた。回転寿司店の道路側に「かきフェア」という幟(のぼり)が並んでいた。「牡蠣(かき)は亜鉛が豊富だ」。私の体が亜鉛を欲していた。その回転寿司の駐車場に車を停めた。
 すると、トイレに行きたくなった。我慢すると便秘になるのもイヤなので先に用を済ませてと入った。狭い洋式トイレから出ると、左側に4歳くらいの男の子が、壁かけの白い小便器に向かって放尿していた。ズボンを下げているので尻が見えている。
 「失礼、先に出るからね」と声をかけて手洗いして、ペーパータオルで手をふいた。男の子も洗面台で手を出して洗った。ふと、ペーパーボックスを見ると男の子の手が届かない高さに設置してある。私はケースから紙を2枚取り出して「これで手を拭いたらいいよ。使った紙は下のボックスに捨てて」と指をさした。すると「ありがとうございます」と言われた。ささいな親切に子どもから感謝されて快かった。
 だが、子どもは知らない大人と接してはならない、と親などが教える時代になった。親切を装う人間の悪意を心配するためだ。私が他人に親切にするのは無意識だ。偽善さえも意識せずに心は空っぽである。
 2年ほど前、町内のスーパーに買い物へ行った。店の駐車場には本州ナンバーの車が停車していた。コロナ感染拡大で一時退避で田舎に帰省したのか、町内在住ではない顔の人々が買い物をしていた。目の前の若い母親が3人の子どもを連れて商品を探していた。母親は急に右の商品棚へ進路変更した。2人の子どもは母親の後ろからついていったが、よそ見をしていた2歳ほどの女の子が、まっすぐに歩いて立ち止まると、泣きそうな顔になった。私はその女の子に近寄り「ママはあっちに行ったよ」と指さした。幼児は笑顔になって母親の方へ急ぎ足で向かった。
 見返りを求めない親切をする、それが中国古典の「菜根譚(さいこんたん)」の教えである。「人によいことをしても忘れることだ。だが、他人に迷惑をかけ、他人が与えてくれた恩恵は忘れてはいけない」。人情を大切にしてこそ人生が好転すると説いている。

◎プロフィール

心況(よしだまさかつ)
菜根譚では「お世話や親切は、しっぱなしでいい。お返しを当てにするなら最初からするな」とたしなめている

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