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エッセイSP(スペシャル)

思い出を呼び起こす

冴木 あさみ

2022年11月 7日

 フランシス・コッポラの映画『ゴッドファーザー』全三部作が、三週連続BSで放送された。第一作公開から五十周年記念企画だったらしい。半世紀の時を経ても褪せることのない大作だ。テーマ曲『ゴッドファーザー愛のテーマ』の美しくも物悲しい旋律は、裏社会に渦巻く権力、腹の探り合い、契りと裏切り、大切なものが奪われる混沌とした悲愴感に満ちている。
 ところで、音や香り、感触など五感が記憶を連れてくることはよくあるが、私にも五感に紐づけされた記憶がいくつもある。このたびゴッドファーザーのお陰で忘れていた数十年前の思い出に浸った三週間でもあった。
 過去にマルセイユの港のレストランで食事をしたことがある。だいぶ前で私も若かった。フランス人はたとえ英語ができようともフランス語しか話さないと言われていたものだが、給仕のおじさんは本当に通じなかった。でも笑顔で親しげに対応してくれた。
「ジャパニーズマフィアか?」
 おどけた感じで聞いてきた。「いいや、違うよ」と答えるのだが、飲み物や料理を運んで来るたびに「ジャパニーズマフィアか?」と聞くので、三回目からは面倒くさくなってきた。彼が思いつく言葉は他に持ち合わせていなかったに違いない。連れの者がうんざりしつつも、一応笑顔で目くばせして答えた。
「ああ、実はそうなんだ」
 おじさんは「オオ~」と背中をのけ反らせて嬉しそうにおどけて見せる。東洋人とコミュニケーションがとれた満足感を体全体で表現していた。私は全く面白くもなく、逆に不安の波が押し寄せた。観光客のいない、人通りのまばらな午後の港町は独特で、危険な雰囲気さえ漂っている。開けっぱなしのドアから黒スーツの男が拳銃を手に入ってきそうで、髭の親父さんたちが皆マフィアに見える。BGMはもちろんゴッドファーザー。

 言葉の通じない異国でそんな冗談はやめた方がいい。からまれたら危ないよと私が諭したせいで、連れとの会話も途切れがち。楽しみにしていた本場のブイヤベースは期待したほど美味しいものではなくて、ワインをお代わりしてもリラックスできない。スープに浮かぶ魚介類も窓の外の景色も、給仕の姿も、つい昨日の記憶のように私の脳裏に焼き付いている。
 三週連続でじっくり『ゴッドファーザー』を堪能できた。そして、若いころの思い出の引き出しを開けてもらい、自分の小さな歴史に感傷的になるのだった。

◎プロフィール

今年は近所のぎんなんの実が成らなかった。どんぐりも不作。熊は無事冬眠できるのか?

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