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エッセイSP(スペシャル)

遠い日の「弁慶」で

梅津 邦博

2022年8月 8日

 初夏、コロナ禍のある日の夕暮れ。街歩きに出かけた。そして久し振りに弁慶の暖簾をくぐる。
 カウンターの内側にいる白割烹着姿のオーナー森さんと眼が合い、微かに頷く。1人でゆっくり出来るカウンター席がいい。生ビールに鶏串とおでんをいくつか注文し、ショルダーバッグから夕刊を出して眼を通す。どこか縛られていたような心地が緩んで自分の周り直径110㌢ほどの世界に解放感が生じてゆったりとする。ペンとメモ用紙を取り出し、気付いたことなど記してしまう。

 「弁慶」は、かつて左側並びに離れた所の今は駐車場になっている場所にあった。店に入ると周囲のベニヤ化粧版壁や天井の蛍光灯の明かりなどからは昭和の匂いとどこか侘しさも感じる。店は市議会議員の鈴木孝昌さん御夫妻がやっていて、そして若い人もいてそのうちの一人が体格のいい男前で、今の森さんである。彼はなんだかあの弁慶の子孫みたいな感じにも見える。50年代中頃から平成6年代辺りまでだか通っていたが、ぼくには寂しくてたまらない酒でもあった。
 大きなコの字型カウンターの内側にオデン桶があり、たくさんの種が入って湯気が立っていた。ぼくは中腰に立って覗き、フキ、玉子、油アゲ、ダイコンなど選んでコップ酒を頼む。森弁慶は中鉢皿に種を入れ、お玉で汁をスッと掬ってサッとかけ、もう一度スッ、サッ、とかける。小さなヘラで辛子をぐるっと付けて差し出す。湯気がふわーっと立ち上ってゆくさまは自分の何かが消えてゆくみたいで落ち着かない気もするのに、おでんが旨くてたまらないのだった。
 ぼくは東京から帰って家業の洋服屋を手伝っていたが、一年半後に父が脳梗塞で倒れ、再起不能となって衝撃を覚えてしまった。自分は耳が遠くて口下手なせいで来る日も来る日も営業に行っては上手くいかなかった。そして夜になるとネオン街をほっつき歩いては酒浸りになってしまい、自堕落な生活だった。このままでは人生も終わってしまうと激しく暗澹たる日々を過ごしていて、なんとかしなくてはと思いながらもつらい毎日でどうにも出来ず、そうしているうちに父が亡くなり、母にも心配ばかりかけていた。
 陽は沈んでもまた昇るのだ...そうか。やがて、耳が、喋りが、なんなのだ...オレは聞こえるし喋られるのだとナリスマシ営業をするしかなかった。職種や客層などを絞ってリストを作り、破れかぶれにも似ていたがスタートした。無視されたり嫌な顔をされたりして大変だった。 そうして灰色の日々にあっていつしか仕事が少しずつと動き出してきた。遠くの空から明るさが少し見えて来たような感じがしてきた。帰郷して長いこと経っていたのだった。

◎プロフィール

帯広市出身。自営業。文筆家。趣味/映画・街歩き・旅・自然光景鑑賞。著書 銀鈴叢書『札内川の魚人』(銀の鈴社)。銀鈴叢書『歩いてゆく』(銀の鈴社)。

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