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エッセイSP(スペシャル)

あの日の教訓

冴木 あさみ

2021年7月 5日

 ハンカチ・ティッシュは持っているか。手の爪は伸びていないか。チェックするのが小学校の保健衛生係の仕事だった。週に二~三日、朝の会の前に抜き打ちで調べる。毎朝やればいいものを、抜き打ちというのが意地悪でいやらしい。でも週何度もやれば抜き打ちの意味も薄れ、賢い男子などハンカチもティッシュも机の中に置きっぱなし。ハンカチを使わない不衛生者も一人や二人ではなかった。
 それはさておき、五十年前、既にポケットティッシュが一般に出回っていたことに今さらながら驚き、日本の紙事情、衛生意識の高さに感嘆する。
 私が多分五年生の時のことだった。いつものように朝、衛生検査が行われた。クラスの係はいつも男子と女子の二人で担当していた。相も変わらずと思いながらハンカチとティッシュを机に並べる。ふと両の指先を見ると、あろうことか片手だけ爪切りを忘れている。なぜ? 片方を切り忘れた理由は未だに不明。どうしよう。罰則はなかったが、検査表の忘れ物棒グラフの長さに影響を及ぼす。小学五年生なんて、こんな取るに足らないものにもびくつくものなのだ。
 無意識に自分でも驚く行動をとることになる。それは本能的なものだった。
 机にきちんと並べたハンカチとティッシュの横に、きれいに爪を切りそろえたほうの手をさりげなく置いた。上半身ひねって、未処理の方の手が隠れるようにして後ろの子とおしゃべりを始めた。係の子が私の席に近づいてくる。私は後ろ向きでおしゃべりに夢中になっている。一瞬係は立ち止ったようだが、そのまま通り過ぎて行った。セーフ。
 右手の爪が切っていれば、左も切っているに違いない。普通そう思うだろう。それを思い込みという。
「ちょっと。もう一方の手を見せて」と聞く人間はスレている。世の中の淀みを知り、騙されたことがあり猜疑心を持っている。係の子は純真で世間の荒波さえ知らないので私は救われた。
 「してやったり」と、自分の機知に内心ガッツポーズしたのは一瞬で、下校までの時間はとてつもなく長く辛かった。片手をずっと握り続けていたからだ。罪悪感は心だけではなく体でも感じるものなのだ。
 この日の出来事は明瞭で、思い出す状況によってとらえ方が変わる。人は簡単に騙せ、また騙されるものなのだと、自らを戒めることもあれば、ちょっとした機転で危険から逃れたり、幸運を手繰り寄せることができると勇気をもらうこともある。この先もたびたび思い出すだろう。あの日、教室には眩しい朝日が差し込んでいた。

◎プロフィール

さえき あさみ
洋服の断捨離は難しい。リフォームして着ることにしたら新鮮で「SDG’s!」と、得意な気分にもなれる。

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