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エッセイSP(スペシャル)

ノスタルジー

冴木あさみ

2020年10月 5日

 ほぼ曇りガラスといっていい古びたガラスのショーケース。土台は傾いている。中の棚も左右といわず傾き、つまり全体的に歪んでいる。並ぶサンプル品は色褪せて、ラーメンの汁とどんぶりの間に隙間ができ、餃子も皿から浮いて埃まみれ。値札だけは現在の価格にマジックで書き換えられている。糊のきいた真新しい暖簾がかかっていなければとうに閉店した廃屋にしか見えない。
 ここはうちから徒歩十分ほどの場所。強烈なノスタルジーに包まれたラーメン屋。なかなか潰れないのでずっと気になっていたが、中に入る勇気は無かった。以前倒壊しそうな田舎の蕎麦屋で、醤油を湯で溶かしただけの汁に浸かった蕎麦を食べたことを思い出す。
 とんでもなくしょっぱいラーメンとか、紫煙で視界の悪い店内とか、競馬新聞片手のヤニ臭いおっちゃんだらけだったら嫌だなあと、何度も遠目に観察していたが実態がつかめなかった。
 それがこのコロナ禍で、がたついた引き戸が半分開いた状態になっていた。通りすがるふりで中を覗くと割と小奇麗なカウンター。若い人も何人か食事をしていた。ううむ。踵を返してもう一度通り過ぎる。ううむ。しばし考えてからいざ、客となる。
 ラーメン屋というより中華飯店というべきか。メニューも豊富で、ラーメンスープの出汁は優しくどこか懐かしい。食事をする間、私は中学生に戻っていた。
 敗戦後の昭和はよかったという声をよく聞く。国民の多くが自分は中流家庭と思っていた時代だ。頑張れば報われる。高度成長期にあって、未来に希望があった。土曜勤務もなんのその。汗水流して働いて、貯金をすれば十年後一・五倍で返ってくる。バブルで束の間の夢を見て、覚めれば今や先進国日本には貧困問題が深く根を這っている。
 皇室の御代替わりがあったところで、庶民の生活は変わらない。しかし令和の元号に、何か光を感じたのは私だけではないはずだ。厄介な未知のウイルス。本当に戦争が始まるのではないかと気が気ではない国際情勢。テロップで流れる速報も心が重くなるものばかりでやりきれない。そういう中で、多くの人はきっと昨日と変わらない今日を生きているのだろう。
 過去になるほど思い出は美しくなるというが、どうだろう。年老いた父の語る昔話はきりがない。身体が上手く動かない今、歩むことを止め思い出に浸る時間が多くなる。私も未来よりも過去の時間が多くなったのでそれがよく解る。でも私はまだ止まらず、もう少し先まで歩を進めてみようと思う。

◎プロフィール

結婚が決まった娘へ贈った言葉。「災害があっても生き延びること。親よりも先に死なないこと」…ちょっと華がなかったかな。

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