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エッセイSP(スペシャル)

吉祥

冴木 あさみ

2018年1月15日

 吉祥。「きちじょう」とも「きっしょう」とも読む。繁栄や幸運を表すおめでたい意味で、東京の人気エリア吉祥寺の名で馴染みがあるだろう。時代小説にはしばしば目にする言葉だが、現代の日常生活の中で人の口から発せられることは少ない。使われるとしたら着物や帯を前にした時ではなかろうか。
 祖母の日常着は着物だった。私が小学校低学年ぐらいまでは家族そろって着物を着て正月の膳を囲んだ。朝早くから母に着付けをしてもらい、清められた部屋でしゃんとして歳神様をお迎えしていた。
 日本人の身体を包み続けてきた着物の文化は、経済成長に反比例して急速に衰退してしまった。洋服の台頭にわざわざ「和装」という呼ばれ方をされるようになった。年明けの報道で、成人を十八歳に定めた際、受験時期と重なるため着物を着用する人が減ると呉服関係者は危機感を持っているとか。レンタルとて高額な振り袖を用意せずに済むと胸をなで下ろす親もいるだろうが、民族衣装が更に遠のく現実は寂しい限りだ。
 私の勤める福祉施設は寄付していただいた着物や帯を材料として商品を製作し販売している。着物をほどいて洗濯し、丁寧にアイロンをかけて反物に戻す。それを服にリメイクしたり、バッグやポーチ、巾着、帽子…布で作りうるあらゆるものに加工していく。中には大島や加賀友禅など豪華な着物もある。巷では遺品整理の際親の着ていた大事な着物を処分できずに困っている人が大勢いる。売るか捨てればいいという問題ではない。大切な人の思い出の品を簡単に処分などできるものではない。何十年と時が経ち、カビが生えてもポイとはいかぬ。母の、あるいは祖母の着物がまた何かに生まれ変われるなら…と、私の事業所に持ち込まれるのだ。

 日々様々な着物に触れ、改めて感じるものがある。中でも吉祥文様のすばらしさ。鶴亀松竹梅はもちろん、扇や七宝、龍、蝙蝠(ヨーロッパでは不吉らしい)麻の葉など数多くある。染はもちろんのこと、刺繍はまさに職人技が光る。人は着物の色や柄に縁起を担ぎ、母は娘へ「幸せにおなり」と吉祥文様に願いを込める。八百万の神が宿る国の民の信心深さは、脈々とその血に受け継がれているのだろうか。吉祥柄が施された着物や帯。庶民はそうそう手にすることはできなかったにせよ、日本人は魂のこもった芸術品を身にまとって暮らしていたというのは誇るべき伝統と言えるだろう。
 と知りつつも、悲しいかな自分が袖を通す機会はない。今年も仕事を通して大切に使わせていただくことにする。

 二〇一八年、戌年。至る所に吉祥ある良き年でありますように。

◎プロフィール

さえき あさみ
昨年は珍しく初志貫徹、江戸の生活を学ぶことが出来た。今年は古典文学に親しみたい。では、徒然草からスタート!

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