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エッセイSP(スペシャル)

静かなる激情の夜(2)

梅津 邦博

2017年10月16日

 「もう一軒付き合ってよ」と言われて従いて行く。近くのスナックPという店に入った。5、6人用のカウンターと奥のボックスでは7人ほどの会社仲間らしい男女が陽気にカラオケを歌っていた。 Mはカウンターで石原裕次郎の「我が人生に悔いはなし」を歌っている。彼は、仕事に頑張ってきて悔いはないらしいのだ。ぼくの人生は至らないことがあって、今日まで来ているのだった。
 ぼくは静かに激情していた。この店のすぐ近くに、かつて40数年前にぼくが通っていた「洋服デザイン学校の短期夜間部と寮」があったのだ。
 東京にやってきてワクワクし、学校ではドローイングの勉強が面白い。授業が終わると、好奇心旺盛で新宿をあちこち歩き回っていた。歴史と人種とビル群とネオンが混在してどこか疲れた匂いと熱風に渦巻いているような街である。
 カネもあまりなく、昼は立ち食いソバか西口の通称ションベン横丁で定食物を食べていた。バイトすることにし、高層ビル群近くの蕎麦屋で働き、カツ丼作りを覚えて任された。面白かったが1カ月で辞め、かつて水泳指導をやっていた経験から、井の頭線浜田山にあるスイミングクラブでコーチのアルバイトをした。
 まもなく卒業式を迎え、ぼくは進路が決まっていなかった。寮生10数人で酒とツマミを買ってきて畳の大広間に集まり、ささやかな送別会となった。就職が決まっていない自分は、オレは道産子だと妙な意地がし、コップ酒を呷り続けて訳が分からなくなっていた。翌朝、目覚めると頭や体が痛くて具合悪かった。夕べ、フラフラと新宿駅西口まで行っては引き返し、近所のラーメン屋の立て看板にぶつかって転んでは蹴飛ばし、店のオヤジに殴られて警察が来た。と、仲間からそう聞かされて驚き、
 「オレがそんなことしたのか!」
 と訊き返し、新宿警察署へ行って来いと言われて行ってきた。
 担当の警察官は穏やかな表情で、
 「北海道から一人で出てきて大変だね。若い時はバカ飲みすることがあるから気を付けなさいよ」
 話だけで済んで謝って帰り、再び寝た。雨が降り続けて枕の後ろ側の小窓を洗っていた。気持ちが底へと沈み、涙があふれて眼から耳へと伝っていた。
 翌朝、教務主任に就職先をお願いする。あちこち当たって見つけて下った。そうしてぼくは新宿を離れ、台東区にある世界トップクラスの大手紳士服製造会社に就職したのだった。
 
 新宿時代の負が薄く漂い、後の人生に自分の生き方や仕事にどこか影を落としているような気もする。
 隣にいる彼がグラスを持ったまま宙の一点を見ているような横顔に、一生懸命に生きているような感じが伝わってきて、眩しく見えてならない。

◎プロフィール

帯広市出身。自営業。文筆家。著書 銀鈴叢書『札内川の魚人』(銀の鈴社)。銀鈴叢書『歩いてゆく』(銀の鈴社)。
北海道新聞朝刊コラム「朝の食卓」執筆同人。

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