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エッセイSP(スペシャル)

救急車を呼ぶ女

冴木 あさみ

2017年3月 6日

 私の職場は福祉事業所だ。様々な障害を持った人達が、社会参加できるよう就労の場の提供をしている。障害を持って一般企業への就労が困難な人達への支援だ。全人口に対する身体・知的障害者の割合はほぼ横ばいで推移している一方、精神疾患者数は年々増えている。社会問題としてしばしばメディアでも取り上げられているのでご存知の方も多いと思う。
 それは現場で実感でき、事業所の見学希望者の殆どは精神保健福祉手帳を持っている人だ。服薬で体調をコントロールでき、仕事をしてもいいと担当医から許可が下りた人が、社会の中で生きていく一歩としてうちの事業所の扉をノックする。全員を受け入れたい気持ちはあるが、何しろあまたある福祉事業所の中で、うちは小さくつつましい。
 一年半ほど通所していた利用者が最近退所した。精神保健福祉手帳を持つ人で、入所当時はよく発作を起こしていた。発作の度に救急車で運ばれるという。要注意ということで職員も気を引き締めて様子を見る。何度か体調が悪いとの訴えがあったが、事業所に慣れてくると発作もなくなった。少しずつ信頼関係ができてくると、これまでの人生や日常生活の聞き取りもできるようになってくる。そこから見えてきた事実に職員は頭を抱えた。
 しばしば起こる発作は病的なものではない。つまり気のせいとの医師の診断に不信を持っていること。具合が悪くなると直ぐに救急車を呼び、その筋の関係者とは顔見知り。受け入れ先の病院から「もう救急車で来ないように」と窘められ憤慨していることなどが知れた。
 早めに判断してタクシーを使うように。救急車はタクシーではないからね、と職員は諭すが、本人にとっては意識を失うほどの緊急事態なのだ。
 一~二カ月のサイクルで気分が高揚し、事業所を辞めて一般就労すると言い出す。その時はとても活動的で冬でも顔から汗がしたたり落ちるほど。(ああ、またきたか)と思いつつ、職員は彼女の話を聞くに徹する。そうこうしているうちに次第にしおらしくなり「やっぱりもう少しお世話になります」とくる。「就活しながらここに通おうね」と背中にそっと手をやることの繰り返し。自分の身体でありながら、司令塔である脳の気まぐれに振り回されている様子が見てとれる。自分をコントロールできないもどかしさと不可思議。
 ついに、今回の波によって本当に辞めてしまった。救急車で運ばれた翌々日のことだった。一般就労を本気で目指すとのこと。
「お金持ちになったら会いに来るからね」
 事業所を後にする彼女の最後の言葉は、大きな希望にあふれていた。

◎プロフィール

●作者近況
さえき あさみ
春・春・春。待ちに待った春はすぐそこ。ペンギン歩きに終止符打って大股で街を闊歩したい!

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