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エッセイSP(スペシャル)

雨・・

たかやまじゅん

2015年10月19日

 旅に出かけるとき一番気になるのはやはり天候だ。「オレは晴れ男・・」と思いつつも、毎朝の天気予報が気になる。小学生の頃、修学旅行の前は決まってテルテル坊主を軒先に吊るしたもので、幾つになっても晴れた空を願う気持ちに変りはない。
 この秋、北海道文化財保護協会のメンバー30名と共に、札幌開拓の祖と謳われる大友亀太郎と十勝の豊頃開拓に携わった二宮尊親の祖父二宮金次郎(尊徳)生誕の地を訪ねた。
 併せて上野東照宮参道に並ぶ大名寄進の石籠群、保存・復元された東京駅丸の内駅舎、横浜赤レンガ倉庫群、小田原城や鎌倉、さらに神奈川県立歴史博物館などを視るコースになる。建物の中なら雨天でも差し障りはないが、野外でしかも土の上を歩くので足元を取られるのが心配された。
 千歳空港から上昇した機体の窓は雲に覆われていた。やがて高度が下がり羽田の沖に差し掛かると午前10時なのにほの暗く、窓に水滴が流れ滑走路の雨脚が見える。客席のそこかしこから「雨だよ」「降りが強いな」と声が囁かれた。羽田からバスで上野公園に着くと不忍池の蓮群はこれでもかと雨に打たれ、道は見る見るうち泥濘(ぬかるみ)になって行く。
 翌朝、横浜のホテルの部屋で、台風の影響でもたらされた暴風雨による関東地方の河川の氾濫が、テレビ画面に映し出されていた。
 厚木方面から尊徳先生の生家と亀太郎翁の墓に向い酒匂川(さかわがわ)に差し掛かると、丹沢山麓を流れ出た水が土気色の濁流となって堤の中腹まで達している。
 江戸時代、この辺りは度々決壊し金次郎の家も流されたそうな。当時の小田原藩が治水に苦慮し、後に尊徳先生に農政家としての意見を求めたことが文献に残る。この日、周辺にある市の施設では、朝から職員に待機の指示が出ていると尊徳記念館で聞かされた。
 次の盛泰寺にある亀太郎翁の墓は風雨が激しく、ご住職がバスまで足を運ばれ「札幌から悪天候の中を来られて、亀太郎翁もさぞかし喜んでいるでしょう」との言葉に胸が熱くなった。帰り道の酒匂川は水かさが増し、橋桁に木の枝が引っ掛かるのが見え一瞬ドキっとする。
 鮎の季節には、釣り人で賑わう川が暴れる様を目の当たりにし、自然の威力は大きく、かつ侮れないものと実感させられた。

◎プロフィール

〈このごろ〉北海道博物館で「夷酋列像」を観る。松前藩の家老にして画家・・その名は26年前に中村真一郎・著「蠣崎波響の生涯」で識った。

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