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エッセイSP(スペシャル)

隣の席の二人

冴木 あさみ

2015年5月11日

 美味しいピザが食べたいと思い、近所のイタリアンレストランを訪れた。ここは値段が手ごろで結構いいものが食べられるので気に入っている。以前は薄暗い店内で座席が細かく区切られていたため、他人の目を気にせずに何となく安心できたが、去年店内の改装をして以来暫くご無沙汰だった。明るく広々としたオープンフロアーは清潔感に満ち溢れているが、案内される席の当たりはずれがある。真ん中あたりの席はハズレ。給仕や客がテーブルのすぐ側を行きかうから落ち着かない。大勢でワイワイやる分には気にもならないだろうが、一人でのんびりワインを飲むシチュエーションには向かない。
 今夜はどの席に通されるだろう。場所によってはピザをパクついた後は長居せずに帰る作戦だったが、幸運にも壁際のソファ席の客となった。ゆったりとして滑り出しは上々。大ぶりのグラスで赤ワインをなめながら前菜のサーモンのカルパッチョをたっぷりのマスカルポーネソースをつけて口に運びながらピザを待った。ああ、なんという贅沢な時間。
 もっちりとした生地のピザを二杯目のワインで半分食べた頃、隣の席に若いカップルがのっそりと座った。すぐさま給仕にスマホを見せて了解を取り付けている。クーポンらしい。一人一杯ずつソフトドリンクのサービスのようだった。ドリンクが運ばれてくる間二人はテーブルの上で手を握り合ったり、女性が彼の顔を両手で包んだりしながら、メニューに目もくれずぼそぼそと話をしていた。ご注文は?との給仕の問いに女性がまだ選んでいないとの返事。その後二人でメニューをめくりながらスローテンポの会話が続く。「アランチーニって何さ?」時折スマホで検索しては彼に説明。給仕が来る。「え~、まだです」急ぐ様子もなく、まったりペースは崩さない。「僕はこれヤダ」「じゃあ、こっち?」「ん~」この間およそ二十分。給仕同士がちらちらと目をやり、注文はどうなっているのかとささやきあっている。ひょっとしてサービスドリンクの飲み逃げか?今夜事件の目撃者になるかもしれないと思うとお隣さんに神経が集中してしまい、その空虚な内容の会話に、気を許すとうっかりワインを口から吹き出しそうになる。給仕の三度目のアプローチにようやく二人がパスタとサラダを注文したのを見届けて、私はやれやれと席を立った。
 店を出た私は酔いも手伝って笑いがこらえきれない。すれ違う人達の奇異な視線を浴びても止まらない。この二人に日本の将来を託すことはないだろうが、心の隅で彼らの将来を老婆心ながら案じていた。

◎プロフィール

さえき あさみ
札幌市在住。福祉事業所勤務。
今年は地面を蹴って羽ばたく年に。
就寝前の読書は最近暫く敬遠していたフィクションの世界に浸っている。

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