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エッセイSP(スペシャル)

桃源郷のバーバー

梅津 邦博

2013年3月11日

 髪が伸びてきてだらしない感じになると、わさわさと落ち着かなくなる。それは家の中や周囲をゴミなどで散らかしているのと気分的に同じでもある。従ってバーバーへ向かった。
 小柄でのっそりと少し左右に揺れるようにしてマスターが現れ、「どうぞ」と理容椅子の方へ手を差し出す。座ると鏡に映っている己の間の抜けた面に、生きているのと潰えてゆこうとしているのとが同居しているような表情があった。つまり命あるものは常に成長しつづけてかつ衰えてゆくわけで、自分も確実に大いなる自然の一部なのだな。
 「あのさ、なんちゅうか、いい男にしてくんない。フランス俳優のアラン・ドロンみたいにさ…」
 よくそんなスバラシイことが言えるな、と感心してならない。
 彼、マカベコウイチロウ氏はぼくの側で何も言わずに小さく微笑む。髪に触れつつ伸び具合などを見ている。そして髪をカミソリでザッザッと、部分によってはハサミでジャキジャキと切ってゆく。矯めつ眇めつその表情に、キャリアを感じさせてどこか哲学的にも見える。カットが終わると彼は全体のヘアーの状態を確認する。その眼は意識が高みへと上昇しているふうにも見える。ドライヤーを掛け、手でバサバサとゆらしながら毛クズを散らしてさっぱりとさせてゆく。
 待ち合い席では二人の客がコーヒーを飲みながら談笑していた。マカベ氏いわく、「昔から風呂屋とか床屋などは人が集まるところで、和の場所でもある。そしてその一人ひとりは小さな評論家でもあるんだよ」と言っていた。
 次に夫人が側に着くと顔をひと撫でして確認し、シェービングブラシを石鹸液に付けて泡立て、顎周りを塗り立てる。蒸しタオルを広げて両手のひらでパンパンと叩いて少し熱さを散らし、顔に被せる。熱気がムッと皮下に浸透して心地好い。ぬぐうと改めてブラシで石鹸をぶわっと塗り、カミソリを肌に柔らかく滑らせてゆく。産毛がサーッと剃り除かれ、蒸しタオルで再度ぬぐう。次に耳掻きで、小刻みにカリカリと耳孔を擦る。気分が薄く夢見心地へと溶けてゆく。
 どうして理髪店というところはこんなにも気持ちがいいのか。相手の意思や手がこちらの頭や顔に触れて同時に自分も相手に向かって身を任せることで、その接触面から神経が柔らかくなって弛緩させられてゆくのだろうか。
 作物などが育っている大地に陽の光がふりそそいだり時には風や雨になったりして秋には収穫で刈り取ってゆくのと、髪や髭が伸びて手入れしたり洗ったりするのとは、どこか似たような息遣いや生命感を感じてならない。
 背もたれが起こされ、夢現から覚めてきた。鏡を見たら眼がパッチリして髪も息を吹き返してきたようだ。マカベ氏が来て整髪をし、仕上がった。
 ま、ドロンにはなれなかったが、身心ともに新しくなったな。

◎プロフィール

帯広在住。自営業。文筆家。
著書 銀鈴叢書『札内川の魚人』(銀の鈴社)。
趣味=素潜り、映画、旅、風景鑑賞

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