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エッセイSP(スペシャル)

霧多布岬へ

吉田 政勝

2012年12月 3日

 仕事の繁忙期で連日遅く帰宅することがある。あるいは大きな計画をかかえて精神的にきつい日がつづくこともある。そんなあわただしい日々を乗り越えるために、私はがんばる自分へのごほうびを設定することがある。
 4年前、勤めていた職場は夏が繁忙期の業種で、連日残業つづきだった。一段落したら遠くへドライブに行きたいと思っていた。
 その秋、厚岸方面にゆくことになった。秋の厚岸といえば「牡蛎まつり」が子野日公園で行われる。その開催日に合わせた。釧路の街を過ぎて、厚岸大橋を渡り海岸線を走ると右手にその公園があった。すでに客が集まり、車を誘導する係が立っていた。
 車から降りて屋台をまわりながら、どの店に入ろうかと思案する。知り合いに会うこともない会場は気が楽だ。やがて空腹をおぼえて食堂に席を求めた。牡蛎丼とあさり汁を頼んだ。食べおわると、車にもどり霧多布岬をめざして発進した。舗装の樹林コースを走ると、空は広がり海が見えてきた。
 浜中町に入ると放牧馬たちが川を渡る場面だった。川というより沼だろうか。めずらしい光景なので、車から降りて馬の写真を撮る気になった。ある馬のしぐさに注目した。深みに胴体の半分ほどが水につかったその馬は向き直り、前脚で水面を叩いていた。後続する馬たちに、ここは深い場所だ、と知らせているのだ。どうやらリーダーのような馬らしい。私はカメラを撮りながら、妻にその馬の様子を伝え、馬たちの行動をしばらく見つめていた。
 やがて霧多布岬のパーキングに着くと岬に向かって歩き始めた。岬の突端から眼下には波しぶきが岩にあたっては打ち寄せた。めまいがするような光景だ。足を滑らせれば、体は岩に激突し海の藻屑と化すだろう。幽明をへだてた境地になった。生は死を意識してこそ輝きだすという逆説か。
 断崖にたたずみながら生きるのが困難だった自分の半生を回想した。親の介護で苦しんだ日々。兄弟の保証人になったがために借金の肩代りになったこと。その執拗な督促電話がストレスで妻は帯状疱疹になり、勤める体でなくなった。肉親のためによかれと思う気持ちが次々と背かれ自分たちが窮地に見舞われた。気候の変化や風に吹かれても帯状疱疹の痛みは妻の体で暴れた。
 帰りの車内で放牧馬のことを口にした。「あの馬は沼の深みを後続馬に知らせた。感心するな……」と私。それに比べて人間社会はライバルや仲間の足をひっぱり溺れさせようと策略する。自分が浮上するための悪知恵ばかりだ、と語をつなごうとしたが黙った。前方の夕焼けを見ながら、来年も霧多布岬に来たいと思った。
 

◎プロフィール

 今年もあと1ケ月です。師走もあわただしく過ぎてゆくのでしょう。健康であることに感謝します。

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