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エッセイSP(スペシャル)

八雲立つ・・

たかやま じゅん

2012年4月16日

 歴史が好きで最初に読んだ物語が日本神話。出雲の旅は神話の世界を身近に感じさせてくれた。このツアーで八雲町から参加されたご夫婦に知己を得た。八雲と謂えば、須佐之男命が八岐大蛇退治の後、居を構えた出雲を詠んだ日本最古の和歌が浮かぶ。
 八雲町と出雲神話の結びつきは開拓期に遡る。町の名付け親は最後の尾張藩主徳川慶勝公が、明治十一年に藩士救済のため移住させ、命の詠んだ『八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣つくる その八重垣を』を採り町名としたそうな。この経緯は城山三郎「冬の派閥」で判ると教えられ読んだ。それから一年、早春の八雲を訪れることになった。
 特急が室蘭を過ぎるあたりから車窓に映る海岸線はまだ真っ白。八雲駅に降り立つと類まれな白いひげに彫りの深い風貌の笑顔があった。書簡や電話で遣り取りするうちに十勝に繋がりがあるのを識る。大正十二年に北海道庁が酪農指導のためドイツから清水町の佐幌に招いた酪農一家が母方であり、遠軽出身の父親との間に下音更で生まれたそうな。
 父方を辿ると仙台の伊達家四代藩主綱村の生母で、伊達騒動から我が子を護った三代綱宗の室・・歌舞伎の名作「伽羅先代萩」の政岡のモデルと謂われる三澤初子に遡る。さらには安芸の毛利を経て出雲の三沢城主に至り、その先は木曽義仲まで・・。
 八雲町内にある尾張徳川家所縁の八雲神社・開拓の記念碑・資料館などを巡り、三澤牧場へ。国道から入ったところに大きな看板が見えた。鶏・雉・合鴨の小屋と牛舎を案内され、自らのアイデアによる機械設備、豪雪で崩れたハウスの話。そして道内最古となるレンガサイロ、その向こうの広大な牧場はまだ雪の真下にある。鹿・大鷲などもしばしば来るそうな。搾り立ての牛乳を振舞われ、初体験づくしとなった。
 「自給自足だよ」と苦笑されるが、かくしゃくとした姿は自然に沿った生活が源なのだろうか・・。農水産、林業の全方向を備え道内でも有数の町だが、昨年の津波で漁業が受けた痛手は大なるものだそうで、歳月を重ねた幅広い知識からの話は尽きなかった。
 先ごろ、西条八十作詞・古賀政男作曲の「ああ青函連絡船」を始めとする昭和二九年の洞爺丸遭難後に追悼として唄われた歌謡曲を見つけた。これら三曲をCD一枚にまとめ持参した。
 三澤道夫さんの父正夫氏は酪農家であり政治家として五十歳のおり、公用で上京のため洞爺丸に乗り合せていた。

◎プロフィール

〈このごろ〉六十年近く営業していた銭湯が廃業した。通りを渡るだけの近さから四季を通じての愉しみであった。町内に「○○屋」と付く商売が全て消えた。

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