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エッセイSP(スペシャル)

グレイヘア

冴木 あさみ

2022年10月 3日

 ある時ふと、グレイヘアにしたいと思った。
 近藤サトさんが火付け役だったろうか。『白髪をあえて染めない生き方』なるものに多くの共感が寄せられている。まだ五十代なのに白髪をそのままにしておくなんて、しかも人前に立つ仕事をなさっているにもかかわらず。
 悲しいかな白髪は実年齢よりもずっと老けて見える。若見えの努力に余念がない女性が多い中、染めないという決断は相当勇気のいる行動だ。手塚里美さんや田中裕子さん、結城アンナさん等も白髪との共存を自分スタイルにしている。羨ましいと思うにとどまるのは、美人は何をやっても素敵に見えるから。草笛光子さんなんて美の極致ではないか! 
 ある日の午後、近所の本屋の中をうろうろしている時だった。視線の端をすっと横切る女性がいた。
(あ、あの人だ)
 ショートカットのグレイヘアがとても似合う、すらりと背筋の伸びた体。以前ほぼ毎朝同じ時間、地下鉄の列車の乗客として札幌大通駅まで共にした。歳はいくつぐらいだろう。顔や首筋のしわの具合からして、私よりも上と見たが。
 いつもジャケットを着ているので、人と会う仕事だろうか。有名企業かIT関連の重役の敏腕秘書とか? 会社の経営者? 彼女の本日のファッションを背後から見とれながら、あれこれ空想するのも面白い朝のひと時だった。
 ある時から私の出勤時間が十分遅くなり、彼女の姿を目にすることはなくなった。何か月ぶりだろう、その姿を見るのは。しかも地下鉄以外の場所で。でも、同じ町に住んでいるなら、いつかすれ違っても不思議なことではない。彼女と容易く識別できたのはショートのグレイヘアだったこと。とてもよく似合って格好いい。まるでパリの街を闊歩するマダムのような。
 グレイヘアの欠点と言えば、目立ってしまうことだろう。きちんとルージュを引いてオシャレに気を遣わなければ、ただ「老ける」だけですよと、美容室の人も言っていた。自然体で生きることは、身なりを構わないという意味ではない。老いを諦めるのではなく、享受して生き生きと暮らしていますよと、何より自分自身に発信できるかどうか。
 疲労のたまった週末の夜、ふろ上がりに覗く鏡の中の自分は染めた黒髪であっても十分老けて見える。二年間のマスク生活で、自分の顔の実態も忘かけているうえに、老いの追い打ち。グレイヘアの自分が深夜の鏡に映ったら、ああ、想像するだけで恐ろしい。
 まだ暫くは黒髪でいるのが安全のようだ。

◎プロフィール

さえき あさみ
新米が美味しい。その旨さを一番堪能できるのは塩むすび。北海道米ラブ。

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