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エッセイSP(スペシャル)

思い出、泣き笑い

冴木 あさみ

2022年6月 6日

 『ブレーメンの音楽隊』はドイツのグリム童話の中の一つだ。ロバの上に犬が乗って、その上に猫、その上に鶏が乗っている挿絵は、あまりにも有名だ。それを見るたびに、遠い思い出が蘇り私は涙目になる。
 中学生のころ部活は英語クラブに入っていた。顧問の臨時教諭が若い女性で、一緒にいて楽しかったからという理由だった。
 秋の文化祭で『ブレーメンの音楽隊』を英語劇でやることになった。英語クラブの部員は女子だけ、しかもたった四人。何をやるにも配役が埋まらない。そこで、クラスの男子三人が協力してくれることになった。元気で愉快で男女問わず付き合いができる人気者。でも勉強はちょっと苦手。特に英語の時間は無口になる。少ないセリフにもかかわらず、彼らはなかなか覚えられない。それでも文句も言わずに一生懸命暗記をしてくれた。舞台で注目を浴びることを目標に。
 衣装係が格好いい町人の衣装を作ってくれた。大道具係は段ボールを絵具で塗って景色もばっちり。文化祭は一致団結できるイベントだ。
 さて、その当日、体育館に集まったたくさんの生徒、親、来賓、関係者。スポットライトを浴びて最初に登場するのは私だ。ずっと舞台に出っぱなしのロバの役。セリフもやけに多い。英語は得意だし、十分練習を積んできた。
 順調な滑り出し。舞台のそでで出番を待っている役者の顔は一様に輝いている。だが、人生のどこに落とし穴がぽっかり開いているか分からない。突然私のセリフがポーンと飛んでしまった。ちょうど男子三人が登場する場面。顔を紅潮させ、出陣の一歩を踏み出さんとしたその瞬間だった。彼らは何日もかけて作った衣装を身にまとい、やっと覚えたセリフを披露できないどころか、舞台に姿を現すことさえできず、物語は数ページ先へ進んでしまった。
 かくして途中をはしょった英語劇は、割れんばかりの拍手を浴びて幕が下ろされた。ごめんねと謝り、彼らは苦笑いで許してくれた。文化祭で初めて披露される英語劇は注目を集めたものの、観客の理解は乏しかった。だから校長先生が「いやあ、よかったよ」と笑顔で肩をたたいてくれたが、称賛か慰めかも分からない。男子生徒三人の家族だけが「自分の子はどうしたのだろう?」と首をかしげたに違いない。大失敗の経験であったが、誰もいない森で一本の木が倒れたかのごとく、大勢の人にとって何事も起こっていなかった。
 舞台のそでで硬直していた三人の姿は忘れない。彼らに申し訳ない気持ちと、不謹慎にもその姿が滑稽で、思い出すたび私は笑いと悲しみの混じった涙目になる。

◎プロフィール

二年ぶりに食事会をして大いに飲んで、大いに笑った。人間らしくなった気がした。

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