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エッセイSP(スペシャル)

恥のかきすて

冴木 あさみ

2022年1月17日

 焼き物に詳しい人や食器好きの人はご存知かと思う。波佐見焼。HASAMIという表示に「ああ、あれ?」と気付く人もいるかもしれない。私は全然知らなかった。
 十分な感染防止対策をとって、この年末年始は長崎で過ごした。観光客はまばらで、雪のない歩道を日差しを浴びて闊歩するのは気持ちがいい。グラバー園を歩き回って、坂道の帰路をゆっくり下がっていく。半数の店が閉まっている中、小さな焼き物屋の前で足が止まった。何かに引き寄せられるとは、こういうことか。棚にちんまり置かれた器に心惹かれ動きが止まったのだ。
 白磁に藍色のツタの模様。取手のないぽってりとした形。そっと両手で包み覗きこむと、その中では紅い紅茶が湯気と共に揺れて、香りさえも感じられる。少し傾けて柄と形を楽しみ、再び中を覗くと、今度は四角いブラウンシュガーが山盛りに入っていた。
「お気に入りですか?はさみ焼きですよ」
 四十代らしき店主の声で、空想の世界から現実に戻された。
「はさみ焼き? これ、型に挟んで焼くんですか?」
 今思い出しても恥ずかしい。店主は一瞬声が詰まり、マスクで半分隠れていても分かるくらい困った顔をした。
「九州の人じゃないんですねぇ。有田ってわかりますか?」
 伊万里、有田。それくらいは私にも解る。持ってはいないけど。
 店主は両手を使って有田のある佐賀との県境がどうのこうのと地図的な説明を始めた。私の軽量な脳は県境というキーワードだけを拾ってしまい、とどめの一言を発してしまう。
「県境に挟まれた地で作るから挟み焼ですか?」
 右手で宙に字を書きながら、呆れた感を全身で表現する店主。
「漢字で波と、佐々木の佐、見る。で、波佐見。町の名前です」
 その後ひたすら自分の無知を詫びる私であった。
 知人の窯元の作品だと何度も口にしていたから、できれば波佐見焼ファン、せめて波佐見を知っている人に買ってもらいたかっただろうに。そう思うと申し訳なさでいっぱいになったのだ。
 旅の恥はかき捨て。
 彼はこの件を酒のつまみにすることがあるかもしれない。
「こんなアホなおばさんがいてさあ...」
 どうせあの店主とはもう会うこともない。私の素性も相手は知らない。だから私は全然平気。雪で飛行機が欠航になって、京都に一泊した後この器が割れることなくはるばる北海道に渡ったことなど、彼は知る由もない。
 知らぬなら口をつぐもうホトトギス。
 今年の初句。旅から得られるものは多い。

◎プロフィール

お気に入りのカップは紅茶でも角砂糖でもなく、焼酎のお湯割りで満たされるというこの現実。

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